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喜劇映画研究会 1985年

定期上映会

 

 この頃のKERAは、インディーズ・バンドの先駆けとして「ジ・アイヌ」後に「有頂天」を結成してライヴ活動を展開。開店休業中の喜劇映画研究会は、KERAの友人・新野敏也(現・代表)による再操業となった。

 クリエイティブ・スペースOMは伊藤裕一氏(伊藤智生の名で映画「ゴンドラ」を監督した)の主宰する小ホール。当時、発表の場に苦戦していた映画・演劇青年のための貸しホールとして稼働していた所で、新野が伊藤氏と交流のあった事からこの会場を活動拠点とした。活動内容は依然として微細な自主上映のため、観客には少々苦痛を強いる場合もあった。しかし設備的には自主上映レベルでは充分な環境であった事から、パンフレット作成に力を注いで隔月の定例上映会を行うに至った。この時より熱心な常連ファンが集まり始める。

 蛇足ながら、『ぴあ持参100円引き』みたいな入場料特典のシャレで『広辞苑持参無料』としていたところ、ある日の観客全員が重いカバンをぶら下げて来場!? 入場料=会場費は広辞苑>会場費となってしまった…。

活動拠点


クリエイティブスペースOMでのKERA(左)と新野(中央・若い!)